鮎漁解禁!五感で味わう甲佐の涼 (甲佐町やな場)

食べにいく

代々の細川藩主も愛した“香魚”

甲佐町役場から車で約3分。県道220号線沿いに突如現れる、水上に建ち並ぶ茅葺き(かやぶき)屋根のあずま屋。鮎漁の解禁日に合わせて、毎年61日から1130日までの半年間、町の施設として営業する「やな場」は、風情漂う甲佐町のランドマークです。

こちらでは、目の前を流れる緑川のせせらぎに耳を傾けながら、多彩な鮎料理が楽しめます。お膳に並ぶのは、新鮮な鮎の刺身に塩焼き、味噌焼き、南蛮漬け、うるか(鮎の塩辛)などなど。これだけの鮎のフルコースを食べさせてくれるところは、県内では他にお目にかかれません。

※鵜の瀬堰(うのせぜき)からやな場へと流れ込む緑川

ここは元々「お簗(やな)」と呼ばれていた場所。その昔、加藤清正の時代に造られた「鵜の瀬堰(うのせぜき)」から、水田用水のために河川を引いていました。後に、初代肥後藩主となった細川忠利がこの地を訪れ、たくさんの魚が泳ぐのを目に留めたことから「やな漁」が始まったそうです。

「やな漁」は、産卵のために川を下ってくる落ち鮎を狙い、竹のすだれを組み上げて作る「やな」を仕掛ける漁獲法です。忠利はその後も毎年訪れ、落ち鮎を村人たちに振る舞ったと伝えられています。

「昭和38年を境に、地物の鮎はずいぶん減りました」と、店主の米村征一郎さんは語ります。「私が子どもの頃は、たくさんの鮎が竹の上で跳ねていたのを覚えています。特に、雨が降った後は川の水温が上がるので、落ち鮎の数も増えるんですよ」。

本来はキュウリのような香りがするという鮎。“香魚”と呼ばれる所以です。「ベテランになると、川べりで『鮎の匂いがする』と言ってましたね」と、米村さんは懐かしそうに目を細めます。

幼い頃から「やな場」が身近な生活

現在のような茅葺き(かやぶき)屋根の「やな小屋」が作られたのは、昭和2526年頃から。その当時は米村さんのお父さんと叔父さんとの共同経営で、落ち鮎の漁獲を目的としていました。小学生だった米村さんは、夏場はここで泳いでいたそうです。

その後、お父さんが考案したという鮎のフルコースの人気が広がり始め、次第にお客様が増えていきました。「(お土産用の)うるかで作る干し鮎(焼き鮎)作りが大変だった」と、米村さんは振り返ります。

経営者が入れ替わりながら約40年、「甲佐の鮎」というブランドは守られています。過去に出店したことのある町外のイベントでも、売れ行きが良かったとのこと。今は、息子さんも一緒に厨房で腕を振るっています。

「やな場」の管理も、大事な仕事の一つです。すのこの竹は可動式で、流れてきたゴミを川へ落とし、自然と元に戻る構造になっています。その紐のくくり方は特殊で、熟練の技が必要です。また「10月ぐらいには真っ黒になっている」という竹は、毎年4月頃から作り替えを行っています。

“美味しい”には秘密がある

コースは3種類。写真は「竹コース・83,300円(税抜)」です。塩焼き、味噌焼き、南蛮漬け、刺身、鮎めし、お吸い物、うるか、漬物の他「肥後そう川」さんの手延べ麺を使ったそうめんも付いています。

塩焼きも味噌焼きも炭火で焼きます。「火力が強く火が柔らかい」ため、表面はパリッと、中までふっくら柔らかく焼き上げ、うまみ成分を閉じ込めてくれます。シンプルに魚の旨みを引き出す塩焼きはもちろん、甘い白味噌ともよく合います。

 

コリコリの食感が残る刺身は、噛めば噛むほど甘みを感じられ、いつまでも食べ進めてしまいます。

骨まで柔らかい、しっとりとした身の南蛮漬けは、酸味の角の取れたまろやかさが特徴です。

松コースは鮎めしが鰻にチェンジ。その他、品数が少なく女性や年配者に喜ばれる梅コースもあります。

御年75歳の米村さん、まだまだ現役です。「はたらくというのは、物理的にも精神的にも“はた(端)”が“らく(楽)”になるようにすること。仕事は気配りが必要だと思っています。誰かの、何かのためになる、そう思えるからこそ、私はずっとはたらいています」。続けて「いい世の中にするには、悪いことも知ることも大事」と、若い頃のやんちゃぶりも垣間見えました(笑)。

昔は地域おこし活動にも積極的だったという米村さん。志の高い人が作るものは、細かいところまで行き届いていると痛感します。帰る頃には五感が研ぎ澄まされたからか、ふと竹の上でピチピチと踊る鮎の姿が見えたような気がしました。

 

INFORMATION

甲佐町やな場

住所
〒861-4607 熊本県上益城郡甲佐町大字豊内19-1 MAPはこちら
TEL
096-234-0125
営業時間
営業期間:毎年6月1日~11月30日(期間中は無休)

営業時間:11時00分~20時00分(オーダーストップ18時30分)