美味しい桃を、お客様に喜んでいただきたいから、ひとつひとつ丁寧に。
初めて上田さんの桃畑を訪れたのは、桃の花がまだ蕾だった3月初めのこと。
甲佐町で30年近く桃を育てられている上田さんの桃畑は、国道からは少し離れた里山「世持(よもち)」地区にあります。
あたり一面に桃の樹が広がる畑には、およそ30本の樹がキレイに並んで立っています。
「満開の時期から収穫までの日数はだいたい70日。収穫から逆算して、この時期はこの作業、その次はこの作業って、これからやる事は全部スケジュールが決まってるのよ。」
何十年と桃作りをされていると、期間中の作業工程は全部頭の中に入っていると言われるのは、上田夫妻の奥様である裕子さん。収穫までの間、この広い桃畑を上田さんご夫婦で管理されています。
全て手作業、大変だけど続ける理由
ある日、桃畑にお伺いした時、何万とついている花の蕾を、様子を見ながら落としていく作業の「摘蕾(てきらい)」という作業をされていました。枝の上側に付いてる蕾は落とし、下向きに実がつくようにする為の、必要な作業です。
この膨大な量の樹の枝一つ一つ、全部手作業でされているのですか?と驚きました。何十年も繰り返してきた長年の感覚で、サッサッと手際良く落とされていく蕾たち。
「桃は手が掛かるから、皆やりたがらない。」
よく耳にするようになったこの言葉の意味が、何度もこの桃畑に通ううちに解ってきました。
そんなにも大変な桃の栽培を始めたきっかけは何だったのでしょう?
昭和から平成に年号が変わる頃、栗の産業が盛んだった上益城地域。栗は台風の影響を受けやすく、ちょうど収穫時期に台風が当たり、実が落ちてしまう事がしばしば。困っている農家さんへの解決策として、台風前に収穫できる桃の栽培を農業研修で勧められたのだそうです。
始めた当時は40件近くの農家さんが桃の栽培に着手されたそうですが、やはり大変な桃の栽培。樹が成長して桃の収穫ができるようになるまで3年ほどかかると言われています。ぽつりぽつりと辞めていく農家さんが多い中、現在、甲佐町で営まれているのは上田さんの農園を含め、3件だけとのこと。
「大変だけど、人がやらない事をやらないと。」
甲佐町では、野菜を作られている農家さんは沢山いらっしゃいますが、果物を作られている方は少ないとのこと。そんな中、上田農園さんは桃、スモモ、栗、太秋柿などを作られていらっしゃるので、甲佐町でも貴重な果物の生産者さんなのです。
満開の桃の花
3月の20日を過ぎた頃、桃の花は満開を迎えていました。あたり一面に花の香りが広がっています。
花満開の畑では受粉作業が行われていました。ミツバチに受粉させる方法もありますが、上田農園ではより正確に収穫ができるよう、専用の刷毛を使って人工授粉をされていました。
もちろん自然が多い地域ですのでミツバチ達も手伝ってくれています。
花が枯れ実がつき始め、梅干しくらいの大きさになったら今度は「摘果(てきか)」の作業です。
一つの枝にバランスよく実がつくように長年の感覚で手際良く落とされていく小さな桃の実。
勿体無いようだけど、充分に栄養を蓄えて立派な桃になってもらうためには大事な事なんですよね。
満開から2ヶ月ほど経つと桃の実もひとまわり大きくなり、袋をかける作業が始まります。ひとつひとつ丁寧に袋をかけ、あとはじっくり、待つのです。
上田農園の桃畑では、収穫時期が列ごとに変わるよう、6種類の桃の樹が植えられています。
一番早いもので「はなよめ」という品種は6月上旬ごろから収穫ができるようになり、それから、「さくひめ」、「日川」、「白鳳」…と、1週間から10日ぐらいで時期をずらしながら、全てが収穫の終わりを迎える7月下旬までの間、「雨が降っても何してでも、収穫せなん。笑」と上田さんは笑います。
甲佐の里山「世持(よもち)」から皆様へ!
桃の糖度は約10度から13度位、収穫時期を迎えた桃畑は甘く爽やかな香りでいっぱいです。
慎重に、でも手際良く桃をちぎっては箱に並べていきます。
出品してからお客様の元へ届くまでの時間を考えて、完熟よりも少し早めに収穫するとのこと。
「桃の青みがかってる所が白く変わってきたら収穫時期。」
そう教えていただきながら、収穫するのを見学させていただいている時に上田さんがポツリと
「桃の樹は長く持っても15年くらい、何年か前に地中に這ってる根っこも全部掘り返して植え直したけど、やっぱり昔の根っこが邪魔をして、縄張り争いをする。」
一度植えたらずっと。という訳にはいかないという事も勉強させていただきながら沢山お話を聞かせて下さいました。
「桃は手がかかる、畑を維持していくのは本当に大変。」
これは何を作られている農家さんでも共通して言える事だと思うのですが、天候次第で収穫に影響が出る露地栽培。
だからこそ美味しいものを戴けている事に感謝しなければ…と、思います。
しかし、何はともあれ桃が樹に生ってる光景はそう見れるものでもなく、今回初めて見る光景に心躍らされたし、この光景がずっと続くように上田さんご夫妻にもまだまだ頑張って頂きたいなと、そう思いました。